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(韓国民衆言論 チャムセサン 200923日付記事)http://www.newscham.net/news/view.php?board=news&id=45293&page=1&category1=38

 

 

        一国家方案と、二国家方案に対して
             (パレスチナ)監獄国家を越えなければならない

 


                                                 ミニ(パレスチナ平和連帯)

 

(本文要約 訳者)
全体のパレスチナは、歴史的にも、現実的にも、政治・経済・文化・人種が複合、共存している所である。人種によってユダヤ国家とアラブ国家に分けるべき地域ではない。

米国が言う二国家方案は、事実上パレスチナの「監獄国家化」である。

それは、パレスチナ人を最小限の地域に追い込み、独自的生存を否定、外部援助とイスラエルへの従属しかもたらさない。

イスラエルは、それに協力するアッバスとファタハ(PLO)を支援し、それに反対するハマスを抹殺しようとしている。

パレスチナ人の言う「二国家方案」には、イスラエルによる67年の占領地域の返還、難民の(自分達の土地への)帰還権が含まれている。米国とイスラエルは、そのような「二国家方案」さえ否定している。

○  イスラエルが「民主国家」を主張するのは悪質な偽善である。イスラエルが占領地を返還せず、パレスチナ人を制限地域に閉じ込めるのは、全パレスチナの土地でパレスチナ人の平等な政治的権利を認めれば、イスラエル人の一方的支配が崩壊するからだ。





パレスチナと関連して講演をすると、多くの方々が、パレスチナ - イスラエル関係の解決策が何であるかと問われます。そうすると、私は、アラブ人であろうとユダヤ人であろうと、パレスチナ人であろうとイスラエル人であろうと、全て平等な権利を享受し、暮らすことだ。と回答を差し上げる。
明白な言葉にどんな政治的立場が入っていると言うのです? どうしてパレスチナーイスラエル関係の解決策が、(私は)パレスチナの独立国家だと言わなかったのでしょう?

後退せよ

1948年の戦争を通して、イスラエルはパレスチナの78%を(今、よくイスラエルだと呼ばれる地域)を占めます。残り22%であるガザ地区と(ヨルダン川)西岸地区は、エジプトとヨルダンの統治の下に入る事になります。48年戦争当時、75万名ぐらいのアラブ人が、シオニスト達に追われたり難民になるが、一部アラブ人が48年占領地に残り、今のイスラエル市民権をもったパレスチナ人になります。
イスラエルが、1967年の六日戦争で、パレスチナの残り22%であったガザ地区と、西岸(ヨルダン川)地区を、また占有しながら、イスラエルが全体のパレスチナを占領する事となりました。パレスチナは、48年の占領地と67年の占領地で分割する事となるのです。
この当時、パレスチナ解放運動の要求は何ですか?当然にも、48年の占領地を含んだ全体のパレスチナの解放であったのです。韓半島が、日本の植民地だった時、朝鮮の民族解放運動がハムギョン道(咸鏡道)と、ピョンアン道(平安道)だけの解放を目標にせずに、全体の朝鮮の解放を目標としたことと同じです。
イスラエルと米国の立場では、どうですか?パレスチナ人達の解放に向う声を完全に無くすことが出来なければ、彼らの要求を何度も後退させなければならないでしょう。イスラエル関係で多く言及されるのが、六日戦争以後採択された国連安全保障理事会決議案242号です。242号の2項には、イスラエル報告は、最近の紛争で占領した地域から、撤収せよと言う内容が盛られています。極めて当たり前の話です。
ところで、3項には、この地域で全ての国家が、安全で平和に存在する権利があると言う内容が盛られいます。242号を受け入れると言うことは、ガザ地区と西岸地区でイスラエルは撤収しなければならないと要求することとともに、48年の占領地はイスラエルの領土として認定したと言うことです。
米国が、アラファトとPLO(パレスチナ解放機構)に要求したことも、242号の内容によって78%の地域に存在するイスラエルは認定し、ガザ地区と西岸地区にパレスチナの国家を建設する2国家方案を受け入れると言うものです。過去に、パレスチナ解放運動が要求した1国家方案すなわち、パレスチナに、アラブ人とユダヤ人が平等に暮らす一つの民主的な国家のようなものは、忘れてしまうと言うものです。
実際に、1976年、PLOは、イスラエルの存在を認定し2国家方案を受け入れるとします。以後、米国とイスラエル、言論・学者達は、1国家方案はおかしな(荒唐無稽な)主張であり、2国家方案は現実的な方案であって、平和の為の道であるかの様に言います。

監獄国家

それで、実際の状況は、1国家の方案どころか、2国家方案も施行されませんでした。1993~1995年の間に結ばれたオスロ協定が代表的な事例です。オスロ協定を通じて、パレスチナ自治政府が踏み込んだものが、そのものズバリです。しかし、オスロ協定には西岸地区全部をパレスチナ自治政府に譲り渡すと言う内容がありません。ラマルラ、ナプルルス、チェニンなど、小規模地域に対してだけ、自治政府が極めて制限的な権限を持つだけの、大部分の地域と重要な権限は、相変わらず、イスラエルが持つとなっています。
ここに、米国とイスラエルが大衆の錯覚を利用します。自治政府が入って2国家方案が実現されているのではないかと言うのです。しかし、これは嘘です。2国家方案の核心内容の中の一つである、領土問題で、2国家方案が言うのは、67年の占領地であるガザ地区と東エルサレムを含む西岸地区の返還です。
しかし、イスラエルはオスロ協定を通じて、ガザ地区と西岸地区から撤収する事もなかったし、東エルサレムを返還するどころか、今もパレスチナ人達を追放しています。また、東エルサレムを含んで西岸地区に40万名が越える占領民達を移住させる事で、領土拡張を継続しています。
イスラエルが主張するように、自分が中東地域の唯一の民主国家だと言うのなら、ガザ地区と西岸地区の住民達にも市民権を与え、共に選挙もすればよいのです。しかし、人口が問題です。7百万に達するイスラエルの人口の中で、19%ほどである140万ぐらいがパレスチナ人です。ガザ地区と西岸地区に住むパレスチナ人が約400万名になります。
現在パレスチナ全域に、約100万名が暮らしているが、この中の半分の、540万名程がパレスチナ人である計算です。万一、これ等が同等の権利を持って選挙に参加し政府を構成したら、今の様なイスラエル政府は存在することは出来ないでしょう。ですから、ガザ地区と西岸地区住民達に政治的に平等な市民権を与えないのです。
市民権を与えることが出来なければ、その次の方法は、全て追い出すことです。西岸地区の人々はヨルダンへ、ガザ地区の人々はエジプトに送るのです。しかし問題は、ヨルダンとエジプト、イスラエルは、米国と言う大きい家に住む一つ屋根の三家族と言うものです。ですから、パレスチナ人達をやたらに追い出すことも出来ないのです。
そうであれば、結局残る方法は、パレスチナ人達を最小限の地域に追い込んだあと、独自的生存が不可能で、外部の援助とイスラエルに従属される他にない状態にされるのです。ここに、パレスチナ内部の政治勢力を分割支配しながら、一部は協力対象として、ずっと抵抗する勢力は破壊の対象とするのです。今は、マフムード・アッバスとファタハが協力対象として、ハマスが破壊対称に、されているのです。ガザ虐殺の様な大規模攻撃を通じて、イスラエルが狙うものの中で、パレスチナ人達が、一国家方案は無論、二国家方案であれ何であれ、今はただ、封鎖するだけでなく殺さないでくれと要求するようにするのです。政治的にひっきりなしに後退せよと言うことです。
これは、米国が言う二国家方案であってパレスチナの独立国家であり、実際には、監獄国家なのです。無論彼らが言う二国家方案は、パレスチナ人達が言う67年の占領地域返還、難民の帰還権などが含まれた二国家方案とは、完全に異なるものです。

一国家方案なのか? 二国家方案なのか?

そうであれば、或るパレスチナ人が二国家方案を主張したら、それは、大部分の土地をイスラエルに差出し、小さい土地だけ取り戻そうとする意気地のない主張であるとだけ、見なければならないでしょうか?
今回、ガザ虐殺を見ても分るように、パレスチナ人達は、イスラエル地域に住んでいるのか?ガザ地域にすんでいるのか?西岸地域に住んでいるのか?東エルサレムに住んでいるのかによって、いろいろに命の条件が変化する。最も深刻なところはガザ地区です。
ここに、二国家方案に対するいろんな考えが出てきます。全体のパレスチナはこのままでは到底生きる事は出来ないし、ガザ地区と西岸地区でだけでも、最小限の生存権を確保しようと言うのです。それが、ガザ地区と西岸地区の解放からはなれるのか、それとも、ガザ地区と西岸地区を一段階で解放させたあと、残りイスラエルの地域まで解放させるのかの話です。また、一国家方案は、成し遂げられない荒唐な夢だったのでしょうか。
ガザ地区と西岸地区で使用される貨幣は、イスラエル政府が発行する「シケル」で、電気や水道水の相当部分は、イスラエルの会社が供給している。イスラエルの首都であるテルアビブと西岸地区のエルサレムの間を、車で走れば1時間の距離であり、全面封鎖状態がない時はガザ地区と西岸の多くのパレスチナ人達がイスラエル地域に行って仕事をしてきました。
イスラエルには、アラブ政党があり、パレスチナの自治政府にはクリスチャンの割り当てがあります。全体のパレスチナは歴史的にもそうであって、現実的にも政治、経済、文化、人種が複合・共存しているところです。
こんなパレスチナを、無理やりに人種によって、ユダヤ国家とアラブ国家にしなければならないですか?万一、アラブ国家が作られたら、イスラエルは自国のパレスチナ人達にお前達、国へ帰れと言わないですか?白人支配の時代、南アフリカ共和国問題の解決方法が、白人国家と黒人国家に分けることにあったのですか?パレスチナーイスラエルと言う一つの民主的な国家は、駄目なのですか?

 

(訳 柴野貞夫 200826日)