(朝鮮民主主義人民共和国・労働新聞 2009年5月20日付)
http://www.kcna.co.jp/today-rodong/rodong.htm(20日付け6面)
歴史に挑戦する軍国主義的妄動―安倍《靖国》発言
日本には、軍国主義の拡張に、やたら動き回る者たちが少なくない。その中で、安倍は、特等の狂信者として知られている。国粋主義が骨髄にいっぱい詰っている彼は、正常な思考を持つ人間としては到底考えられない妄言を垂れ流し、人々を呆れさせている。安倍はこのまえ、或る放送に出演し、首相の《靖国神社》参拝と関連して、《国のために戦って倒れた人々と、国のため殉職した人々に、国の指導者が尊敬の気持ちを表示することは当然だ。》と言いながら、その様にする事が正しいものとして考えると、熱弁を吐露した。彼は、自身が首相をする時《靖国神社》を参拝しない事は、日本のための《将来の布石を敷く為、大きな決定》を下した為であると言った。
安倍について言えば、執権時期、狂信的な軍国主義政治を生業とするも、内外の強力な抗議と圧力に、腑抜けた状態で病院に運ばれてゆきやっと生きながらえた政治の屍(しかばね)だ。そうだった彼が、今は、まあまあ健康が回復した様子だ。
犬の尻尾は3年ほって置かれてもイタチの尻尾にならないと言うが、彼の体質化された軍国主義本性は、現代医学でも治す事が出来ない悪性腫瘍と同じだ。
日本社会に、軍国主義思想を流布させて、過去日帝の前轍を踏む事を畢生(終生)の使命として掲げている彼が、むやみやたらに言った《国のため》‘戦う中で死んだ人々’と言うのは、朝鮮とアジアの国々に対する侵略戦争で、歯が震える蛮行を強行する途中でくたばった者達だ。
東条をはじめとするA級戦犯らは、国際法によって処刑された。ところが、安倍が、こんな者たちを尊敬して、進んで押し出すことで、首相が先頭に立たなければならないと、首に青筋を立てているのだ。彼は必ず首相が、執権統治者として、軍司令官として、過去侵略の歴史を再現するためにあらゆることを尽くさねばならないと言う話と一緒だ。
安倍の人生行路は、軍国主義人生行路の典型であると言う事が出来る。遠くはやめるとしても、彼は執権期間、歴代日本の執権者達が、敢えて手を出す事が出来なかった防衛庁を、防衛省に昇格させたし、《恒久法》制定と、米国のものと類似した政策調整機構である《安全保障会議》を創設しなければならないと主張した。彼は、権力を掌握した後《日本には戦犯者がいないし、また居る事もなかった。》、《東京国際裁判所の処刑は非法であり、日本法に根拠を置けば、この判決は無効》だと、出まかせにしゃべった。言わば、日本の過去、朝鮮とアジアの国々に対する強盗的な侵略と植民地支配が、犯罪でなく正当なものだとし、日本は通って来た歴史を口を極めて褒めたたえ、その道に乗り出さなければならないと言うものだった。安倍の《靖国神社》参拝擁護発言は、ここに根ざしているのだ。
安倍は、過去を甦らせるために、日本政治の軍国化と国をファッショ化する事も、先頭に立って跳梁した。過去日帝が犯した日本軍《慰安婦》犯罪を全面的に否定し、歴史教科書で、日帝の侵略罪業を削除したり、弱めさせるように積極的に唆す事をはじめとして、学校で、《日の丸》を掲揚し《君が代》斉唱をうるさく讃揚しながら助長させたのは、即ち安倍だ。日本で、以前に見る事が出来なかった、総連と関連される施設に対する税金免税措置を取り除けと指示し、無知粗暴な総連弾圧風を掘り起こしたのは、他でもなく安倍だ。
問題はこう言う者達が日本で厳重視されないで、大手を振り庇護してばかりする人びとの行動を、日本の《将来》と国民のための《愛国的行動》として押し立てている。結局、日本では日が経つほど、政治の右傾化、社会の反動化、人びとの保守化過程が急き立てられている。
安倍と同じ極右翼分子たちが、軍国主義を鼓吹し動き回る日本が、平和国家の姿に戻れないのは無論、彼等による軍国主義戦争の馬車は制動装置を解き放ち、アジアに向って恐ろしく走り出すのだ。日本軍国主義の本性は変化せず、その危険性は更に大きくなっている。
日本軍国主義者達は、アジアで戦争の血の海を広げておく為に手段と方法を尽くし、精神なく動き回っている。そうして、アジアの平和と安全保障には新しい危険が組成されている。戦争を扇動し歴史の流れを逆さまに向けて立てようとする者たちには、未来は無い。
日本に、安倍と同じ歴史の退物達が大手を振り、動き回るほど、日本国民達の不安は、更に大きくなり、国の全土は暗澹となるほかは無い。
(訳 柴野貞夫 2009年5月23日)
|