(韓国民衆言論 チャムセサン「国際・韓半島」欄論文 2011/10/04)
http://www.newscham.net/news/view.php?board=news&nid=63341&page=1&category1=38
エジプト2次革命来るのか?“あらゆる工場で革命を!”
エジプト労働者、罷業と示威で革命防御に出る
「○エジプト労働階級と民衆の「一次革命」を簒奪し、軍事委員会を通して権力にしがみ付く軍部。エジプト労働者は、軍部は第二のムバラクだと指摘している。
○軍部は「許可なき示威行動」を弾圧し、報道検閲を行い、軍部と資本家に抗議する労働者民衆への、軍部によるほしいままの拷問が明らかに。
○エジプト労働者階級は、「エジプト軍部だけではなく、資本主義秩序、そして全世界の帝国主義的支配にとって脅威となる」<二次革命>へ向かっている。」(訳者)
チョン・ウンヒ(客員記者)
エジプト労働者達が、また強力な罷業行動に突入した。彼等は賃金引き上げ、労働条件改善とともに旧政権賦役者の清算など、社会的正義を要求する。労働者達の罷業示威とともにタフリン広場でも、再び民衆の喚声が響きわたった。今回は、ムバラクでなく軍事委員会が問題だ。
ほとんど毎日、多様な示威がカイロ都心の全域で展開されていると外信は報道した。
教師、薬剤師、公共運輸労働者、タクシー労働者、港湾労働者など、多様な労働者達の罷業示威が拡散中だ。彼等の示威は、軍部の不法化にも拘わらず、エジプト全域で噴き出て来た。使用側だけではなく、警察もまた、罷業労働者達を攻撃している。
英国社会主義言論<ソーシャリストワーカー>に1日寄稿したピル・マフリート(Phil Marfleet)は、諸労働組合が、今まさに立ち上がる基盤を確保する為に、罷業が地域的に制限されたが、全国的に多くの闘争が組織されたと伝えた。代表的に、教師達は1951年以後最初に同盟罷業を進めた。教師達はムバラク政権時、主導的な人物だった教育長官退陣とともに、賃金引き上げと労働条件改善を要求した。
ヨハネス・スターン(Johannes Stern)は、<世界社会主義ウェブサイト(http://www.wsws.org/index.shtml)-訳注・トロツキー主義的社会主義者のウェブサイト>に1日寄稿した文で、港湾都市アレクサンドリアで数千名の労働者達が“すべての工場での革命を”と、叫んだと伝えた。
彼によれば、労働者達はまた、“私有化中断”を要求した。スエズ運河北部に位置したポートサイドで、示威隊達は“軍事政権の終息”そして“軍事委員会ではなく、民衆を!”と叫んだ。
9月27日、20万名の病院労働者達が、より高い賃金と労働条件改善の為に罷業に立ち上がった。港湾労働者達も罷業を敢行した。エジプト運送労働者達は、1日夜政府との交渉失敗後、当局事務室の外で座り込み示威を続けていると<アラムオンライン(ahramonline)>が、2日報道した。カイロ出身の千余名の運送労働者達は、エジプト議会がある街で、示威を広げて来た。
●教育部門、罷業の焦点となる
多様な部門で労働者達が罷業示威を広げているが、この中でも教育部門の罷業示威が最も集中された。
マフリートによれば、“同意するのでなければ、今年の学事過程は忘れなさい”が、今回の罷業のスローガンだった。彼等は教育長官の多くの食言の為に憤怒したとマフリートは伝えた。
9月23日、数万名の教師達がエジプトの全域である、ニルテルタ、タンタ、パンハ、イスマイリア、そしてマンソウラから来たし、カイロ・タフリル広場付近の教育省を10時間の間包囲した。
ここで示威に参加している或る教師は、“私は28年間教師として働いて来て、毎月1000エジプトポンドよりも少ない給料を受けている。しかし教育省には、百倍以上儲ける者達が、うじゃうじゃしている”と語った。多くの教師達は大変低い賃金を貰っているのであり、だから食堂で、またタクシー運転の様な二つ目の職業を探さなければならないと、マフリートは記録した。
続いて彼は、教師達は、GDP-6.5%への教育予算の引き上げを要求するとし、これを通して新しい学校施設の建築と、最大30名定員の学級が達成されなければならないと言う立場だと伝えた。現在は60名、時たま100名或いはそれ以上が、一緒に勉強している。
政府代表が5名の代理人の訪問を認めた時、彼等は同じ言葉で要求した。“君達が下に降りて来て、われわれと対話せよ!”
多くの言論が、金に貪欲な教師達だと報道し、わずか少数だけが罷業に立ち上がったと伝えた。しかし、全国の80%の教師が参加したのが現実であり、多くの場所で教師達が罷業に入った。
一方、マフリートは、大学生達は大学を占拠中であり、学校と大学の労働者達は罷業と示威の焦点を形成していると伝えた。彼等の要求の中の一つは、大学の屋根上からタフリン広場の示威隊に向かって発砲した狙撃弾に対する調査だ。
エジプトの主流言論達は、階級闘争が社会的、経済的混乱を生んでいると言う攻勢を導き、罷業と示威を終わらす事を要求している。
エジプト日刊紙<エジプトガゼッタ(The Egyptian Gazette)>9月30日付でアインサムス(Ain Shams)大学の経済学科教授・フセイン・エベイドゥ(Hussein Ebeid)に依れば、罷業が中断されない場合、650万労働者達が働く場所を失うと、威嚇的に警告した。それほど、労働者達の罷業示威が強力に進められていると言う反証だ。
●“我々の革命を取り出せ”
労働者達の強力な罷業行動とともに、エジプト民衆達は軍部に立ち向い、再びタフリン広場に立った。“我々は革命の返還を要求する”と、示威隊達は30日、タフリン広場で叫んだ。
彼等は、速やかな大統領選挙そして清潔な選挙法を要求した。
議会、国家非常措置法の廃止、そして軍事裁判終息、ムバラク政権賦役者に対する、相応する対策と判決も願った。持続する軍部の統治、そしてエジプト軍事最高委員会の議長であるムハンマド・フセイン・タンタウイの大統領出馬にも反対した。
“洋服を着たのか、下着のままなのか、我々は軍部を拒絶する”と示威隊達は30日、タフリル広場で叫んだ。タンタウイがカイロ都心に訪問した時、彼は数十年ぶりに、初めて軍服の代わりに洋服を着て、現れたと<タジュ>は報道した。
30日の示威の前、60余の政党と社会団体が、次期選挙を拒否すると言う立場を発表して、国家非常措置法廃止、旧政権の賦役者の政治活動禁止を要求した。
●第二のムバラクは、軍部だ。
7か月以上、国家権力を握りしめている軍事委員会は、罷業と示威の拡散により、慌てて譲歩案などを発表した。
10月1日軍部は、市民に対する軍事裁判終結の検討、市民政府への権力移譲の為の、明らかな日程の提示、国家非常措置法の検討に関する立場を明らかにした。
先に、軍部は27日、議会選挙の日程を公知した。元来は9月開催される予定だったのに、この選挙は11月28日、12月14日、そして1月3日の三回に亘って進行されると言う。一部言論は、大統領選挙を来年の年末にでもするだろうと予測する事もした。
エジプト民衆は、こんな軍事委員会の立場に、依然として懐疑的だ。
最近までだけを取って見ても、旧政権と変わらない体制を準備して来た。
例えば、軍事委員会は三週前、イスラエル大使館攻撃後、9月10日また非常事態措置法を稼働させた。示威はもっぱら、許可の下でのみ可能であり、理由なくとも、警察は嫌疑者を逮捕する事が出来る。<タジュ>は、“以前とまた、同じになった”と言う、或る活動家の言葉を伝えた。“非常措置法、勝手放題の逮捕、言論検閲、何の為に我々が革命をしたのか?”現在まで12000名の民間人が法廷に立たされた。
さらに、ヨハネス・スターン(前掲)は、30日の示威が進行される前、軍事委員会は75個の、以前の立場を支持する警告を発表したと伝えた。
彼によれば、これは、軍隊と公共機関に対する攻撃がこれ以上忍耐出来ないと言う内容を包含した。革命の中心であるスエズでは、軍隊が政府庁舎、銀行そしてスエズ運河機関の事務室を保護する為に都心に進入した。
<タジュ>に依れば、29日には警察が放送局<アルジャジーラ>に乱入し、言論人一名を逮捕して行った。同時に軍事委員会は、軍部に関する許可されない報道を禁止すると公告した。
甚だしくは、拷問も欲しいままに行われている。軍部の反人権、非人間的拷問が、明白に暴露されたとヨハネス・スターンは<世界社会主義者ウェブサイト>で明らかにした。
●二次革命が近づく!
一方、ヨハネス・スターンは、エジプト労働者階級の新しい跳躍は、災難的な条件によって、駆り立てられたし、最近何日間、“二次革命”を警告する論評とコラムが掲載されたと伝えた。同様に、軍部の暴力的な措置にも拘わらず、労働者達は彼等の大衆罷業を加速化しているし、評論家達は、この事態を、労働者達の大衆行動がホスニ・ムバラクを没落させた革命の最初の段階と比較していると明らかにした。
彼等は、二次革命はエジプト軍部だけではなく、資本主義秩序、そして全地域の帝国主義的支配にとって、脅威となるだろうと評価した。
(訳者 柴野貞夫 2011年10月15日)
参考サイト
☆ 263 奮い立つエジプト民衆と、革命指導部の危機 (国際ボルシェヴィキ潮流 2007年2月7日付け論文)
☆ 262 労働者の罷業が革命を強化している (英国・社会主義労働者党ウェブサイト 2011年2月17日付け)
☆ 261 “倒れたエジプト政権、継続される革命” (韓国・チャムセサン紙 2011年2月14日付け)
☆ 260 エジプトの示威現場に撒かれた印刷物 (韓国・社会主義政治組織-労働解放実践連帯HP 2011年2月12日付け)
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