ホームページ タイトル

 

≪資料≫ (201311月6日に発表された、刑事法研究者の声明全文)

 



        特定秘密保護法の制定に反対する刑事法研究者の声明



      (一) 特定秘密保護法案の現状と基本的性格

1.
経過と現状

特定秘密保護法案が国会に上程された。その経過は概略次のとおりである。民主党政権のもとで「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」が組織され、201188日には、「秘密保全のための法制の在り方について」と題する報告書(以下、報告書)が発表された。自民党・安倍政権はこの作業を受け継ぎ、国家安全保障会議の設置等に関連した手直しが進められた。法案の作成は、内閣官房情報調査室を中心に秘密裏に行われ、「特定秘密の保護に関する法律案」としてその概要が公表され、93日から2週間のパブリック・コメントの期間が設定された。その後、自民党と公明党の間で調整が行われ、取材活動に関する規定などが挿入されることとなり、国会上程に至っている。国家安全保障に関する特別委員会が衆議院に設けられ、国家安全保障会議設置法が可決され、特定秘密保護法案の審議がはじまる(116日現在)。

2
.われわれは、刑事法研究者の機密探知罪への批判を継承する


戦前の日本の刑法には間諜罪の規定が置かれ、重罰が定められていた。これに加えて、軍機保護法および国防保安法を中心にした機密保護法制が存在した。この法制は戦時体制の要に位置し、言論統制と軍国主義思想の蔓延の重要な柱とされた。敗戦後の民主化と非軍事化のなかで、日本国憲法が制定され、これらの機密保護法制は全面的に廃止された。1952年に占領体制が終結すると、戦後民主化に対する反動が露わとなり、憲法改正の動きと連動して、刑法の全面改正作業が進められた。政府の改正刑法準備草案には機密探知罪が設けられ、重い刑罰が規定されていた。政府は間諜罪の復活を意図したのである。これに対して、広範な批判が巻き起こり、当時の有力な刑事法学者が相次いで、日本国憲法を擁護する立場から、批判的見解を明らかにした。その結果、1966年に法制審議会刑事法特別部会の審議でこの規定の新設は否決され、改正刑法草案には機密探知罪の規定が設けられなかった。改正刑法草案は公務員の機密漏えい罪を残していたが、改正刑法草案に基づく刑法の全面改正は世論の支持を得られず、棚上げされている。秘密保護法制に対する先達の刑事法研究者たちの努力を想起し、刑事法研究者の立場から、今回の特定秘密保護法案に沈黙し、これを黙過することはできないと考え、この声明を出すことを決意した。


3
.法案作成等の手続の異常性


まず、指摘しなければならないのは、立案作業自体が民主的な手続を経ているとは到底言えないことである。前記の有識者会議は、議事録が作成されず、会議の資料や討議内容も秘密扱いとなっており、公開された部分に関しても、内容が改ざんされている可能性が指摘されている。安倍内閣のもとで内閣官房情報調査室が行った立案作業に至っては、最初から最後まで、秘密裏に行われた。与党の国会議員ですら、法案の内容を知らされない状態が続いた。

大半のパブリック・コメントでは期間が1か月とされているのに、この法案ではわずかに2週間である。法案の重要性を考慮すると、国民の熟慮期間としては短すぎる。また、肝心の法文そのものが明示されず、法案の概要も短いものであって、立法事実、すなわち、なぜそのような立法が必要なのかに関して、説得力のある説明は行われていない。罰則の条文も明らかにされておらず、法定刑が示されていないものもあった。概要の説明自体が、文の構成の拙劣さも手伝って、きわめて分かりにくく、一般市民が検討するには適さない代物であった。このように、パブリック・コメントの手続そのものが不自然で、形だけのものとなっている。

2
週間という短い期間にもかかわらず、パブリック・コメントへの応募は9万件を超え、そのうち8割近くが反対の意見であったと伝えられている。

政府案が固まった後も、何が特定秘密に該当するかに関して、担当大臣や与党の関係者の発言はぶれており、法案の問題性を逆に浮かび上がらせている。


4.
法案の軍事立法としての基本的性格


この法案は、端的に言えば、軍事立法としての性格を色濃く有しており、このことを直視することが、重要である。

自民党の20124月の憲法改正草案は、多くの点で日本国憲法の国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という憲法の三つの基本原理に対して、全面的な否定を行おうとしている。この草案は、平和主義に関しては、日本国憲法の前文および第9条の全面的な改定を企図しており、国防軍を創設するとともに、軍法会議を設置し、軍機保護の規定を置いている。自民党の20127月の「国家安全保障基本法案」は、集団的自衛権の行使を立法化するとともに、秘密保護のための措置を講じるとしている。特定秘密保護法は、こうした改憲構想の重要な柱として位置づけられている。特定秘密保護法案は、軍事立法としての基本的性格を持ち、9条改憲と直結するものであって、憲法の平和主義を否定するものといわざるを得ない。

安倍内閣は、特定秘密保護法案を国家安全保障基本法案、国家安全保障会議設置法案(日本版NSC)と不可分一体のものとして位置づけ、国家安全保障会議設置法の国会提出と合わせて特定秘密保護法案を国会に提出している。安倍内閣は一方で96条改憲を含む明文改憲の準備を進めつつ、それ以前にもこれら一連の法律の成立によって、9条の実質的な改憲を図ろうとしている。  
法案はまた、プライバシー権、思想・信条の自由、国民主権の基礎にある国民の知る権利や取材・報道の自由に重大な脅威を与え、刑事裁判における適正手続の保障や学問の自由などを侵害する恐れがある。われわれは以下に述べる理由からこの法案の制定に強く反対する。


     (二) 特定秘密保護法案における秘密指定の問題点


法案は、特定秘密とされる事項について、@防衛に関する事項、A外交に関する事項、B特定有害活動の防止に関する事項、Cテロリズムの防止に関する事項の4分野を定めている。

2011
年の報告書では、秘匿を要する秘密を@国の安全、A外交、B公共の安全および秩序の維持という3つの分野で、国家の存立や国の重大な利益に関わる秘密がこれに該当するとしていた。これに対して、法案は、国家の存立や国の重大な利益という文言は用いられず、端的に「我が国の安全保障」が立法の根拠とされている。これによって、法案が軍事立法としての性格をもつことがより鮮明となった。

そもそも「安全保障」という概念は、きわめて曖昧であり、内外の状況に依存してその具体的な内容は、大きく変化する。たとえば、法案の秘密指定に関連して、政府側から「原発事故」は秘密指定の対象とはならないとの見解も示されている。しかし、原発事故が、核防護の構造的な脆弱性と結びついている場合、安全性、脆弱性に関わる情報は、秘密事項とされる可能性が大きい。領土問題を含む国際紛争が激化し、武力行使を含む対応をする場合には、安全保障を根拠とした秘密指定は、大幅に拡大、強化されるであろう。沖縄の普天間基地の名護市辺野古への移転に関連して、防衛省は辺野古沖のジュゴンの調査を行ったが、その結果は秘密とされていると伝えられる。環境調査が、基地移設と関連づければ、秘密となることを示している。平時には何でもない情報が、戦時には公表されると「人心を惑わす」ものとして、秘密保護の対象とされることは、アジア太平洋戦争での経験が教えるところである。

特定秘密保護法の下では、違法な秘密も「秘密」とされて、保護の対象となる可能性が大きい。国民に対して嘘をついてきたことが明らかになるような情報は、「特定秘密」とされるおそれがある。自衛隊は、イラク戦争において、人道復興支援を名目に派遣され、派遣地域は非戦闘地域に限定されたはずであった。しかし、実際には、派遣地域で何度もロケット砲攻撃を受けていたこと、戦闘地域であったバグダッド空港を拠点に米軍の人員や軍事物資の輸送にも当たっていたことが後に明らかになった。法律に違反し、国会での答弁にも反する活動を行っている場合、そのような事実は特定秘密保護法のもとでは間違いなく秘密扱いとされ、それを明らかにする場合、重罰が科されることになろう。また、すでに大量に保有されているプルトニウムを利用して、万一政府が核兵器の開発を行おうとする場合、このような事実は、最も重要な秘密として扱われることになり、国民が知らないうちに日本は核兵器保有国となる。

報告書の「公共の安全および秩序の維持」の秘密指定に対しては、あまりに広範囲の警察情報が秘密とされるとの批判が強かった。こうした批判を受けて、法案は、この領域をB「特定有害活動の防止に関する事項」、C「テロリズムの防止に関する事項」に分けて規定しており、一見したところでは、一定の限定を付したようにみえる。しかし、そうすることで、この法案が軍事立法としての性格をもつことが一段と鮮明となった。「安全保障」と関連づけさえすれば、政府の行政機関の長によって数多くの多様な情報が秘密指定の対象となる。「特定有害活動」の定義が規定されているものの、特定秘密の取得行為が含まれるなどの理由から、結局その範囲はあいまいでいかようにも拡大しうる。時の政府が進めようとする危険な軍事政策に反対する人々の活動が「外国の利益を図る目的」で行われているという認定がなされ「特定有害活動」とされ、さらにはそれが「テロリズム」との関連があるかのような決めつけが横行する可能性が高い。

秘密指定は行政機関の長の権限とされており、指定の期間は一応5年以下であるが、有効期間は延長でき、内閣の承認があれば合算して30年を超えることができるとされており、半永久的な秘密扱いが可能となっている。政府は、指定等の統一的な運用基準を定めるとし、この基準を定め、またはこれを変更しようとするときは、有識者による意見聴取の制度を設けるとしている。有識者とは具体的には「我が国の安全保障に関する情報の保護、行政機関等の保有する情報の公開、公文書等の管理等に関し優れた識見を有する者」とされている。しかし、事の性質上これまでにもまして有識者は政府寄りの人々によって占められることはほぼ間違いがない。また、これらの有識者にも適性評価をクリアすることが求められるものと予想される。しかも、意見聴取は一般的な運用基準の策定等に限定しており、個別の指定の適正さは審査の対象外とされる。これらのことから、この意見聴取制度は、歯止めとしてはほとんど機能しないと思われる。

 秘密主義は、官僚制の悪弊でもある。秘密は自己増殖を遂げる。その結果、特定秘密保護法の下で「特定秘密」は、「安全保障」を超えて、秘密事項が拡大するおそれが大きい。

秘密保護の構造をみると、適性評価を除くと、とりわけ、特定秘密保護法案は、戦前・戦時の国防保安法と類似している。国防保安法は、太平洋戦争の開始直前の1941年に制定された。この法律は、戦時体制の構築の重要な一環として制定され、言論統制など戦時のさまざまな統制に猛威を振るい、国民の知る権利を根こそぎ奪い、軍国主義の思想を社会の隅々まで浸透させるための武器となった。

 
     (三) 特定秘密保護法案は憲法の基本原理を否定する

特定秘密保護法案は、憲法の基本原理である平和主義、国民主権(民主主義)および基本的人権の尊重を危うくする。

1.憲法の平和主義に反する

特定秘密保護法案は、前述したように、基本的に軍事立法であり、それ自体において日本国憲法の平和主義に反するものである。

歴史的には軍事機密を中心とする国家秘密保護の強化は、軍事力の再編成の節目に登場してきている。特定秘密保護法の制定は、明文改憲であれ、解釈改憲であれ、9条改憲および集団的自衛権の行使の容認と不可分一体のものとして構想されている。政府は、これまで9条の解釈に関して集団的自衛権の行使は許されないとしてきた。この解釈を投げ捨て、集団的自衛権の行使を認めるという方向へと舵を切ろうとしている。これによって、自衛隊は、これまでの専守防衛の原則を投げ捨て、日本が攻撃されていない場合でも、海外に展開し米軍などと肩を並べて、戦闘を行う軍隊へと大きく変化することになる。日本は70年近く保ってきた平和国家から「戦争をする国家」へと変貌しようとしているのである。

特定秘密保護法案は、前述したように、国家安全保障基本法案、国家安全保障会議設置法案とともに、9条の実質的な改憲を行うものであり、明文改憲を先取りするものである。それは外国での戦争を含む「戦争への備え」を行うものであり、平和的生存権を基礎に戦争放棄、国際紛争の平和的な解決、戦力の不保持、交戦権の否認を定めた日本国憲法に全面的に違反するものである。

特定秘密保護法は、改憲の意図する「戦争をすることができる国家づくり」の過程を秘密のベールによって覆い隠し、戦争への国民の批判を封じ込め、国民の協力を取り付ける装置となる。戦争には嘘が多いが、この嘘を知ろうとすることも、知らせることも処罰の対象となろ
う。

2.憲法の国民主権の原理に反する

 法案は、特定秘密を取り扱うことを業とする者に対する国家統制を強化することで、国民の知る権利を阻害する。

国民は、安全保障の重要事項に関してこそ、主権者として知る権利が保障されなければならない。この法案が成立すると、特定秘密に関する報道機関の取材は著しく困難となろう。国民が政治に関して適切な判断をするためには、重要な事項につき正確な情報を入手できることが重要である。国民を「見ざる、言わざる、聞かざる」の状態にすることは許されない。この法案の成立によって、情報公開制度、公益通報者保護制度は大きな後退を迫られることになろう。現在でも、防衛秘密等は情報公開の対象から除外されているが、特定秘密保護法のもとでは、秘密指定が大幅に拡大され、しかもこれに対する不服申し立てが否定されることになり、情報公開制度が空洞化され、毀損されることになる。

 防衛省、外務省、警察庁など行政機関が特定秘密として指定した情報は、国家安全保障会議に提供されて、安全保障に関する決定が行われる仕組みが想定され、安全保障に関するあらゆる権限は首相に集中し、統合されることになる。その反面、国会のコントロールは有効に機能しないものとなり、議会制民主主義は著しく弱体化する。

3.憲法が保障する基本的人権を広範囲に侵害する

法案はプライバシー権、思想・信条の自由、国民主権の基礎にある国民の知る権利や取材・報道の自由に重大な脅威を与え、刑事裁判における適正手続の保障や学問の自由などを侵害する恐れがある。

 (1)プライバシー権を侵害する。

特定秘密保護法案は適性評価制度を導入し、特定秘密を扱う者としてふさわしいかどうかの適格審査を行おうとしている。評価項目も思想・信条も含む広範囲なものとなっている。適性評価は、公務員だけではなく、業務委託を受けた民間業者や従業員も対象となる。その結果、職場の雰囲気は重苦しいものになる。プライバシーが広範囲に侵害され、思想調査が横行し、思想の自由が侵害される。必要があれば、いつでも周辺の家族、親族や友人などにも調査が及びうる。適性評価を行う行政機関は、治安機関としての機能を有することになる。

 (2)報道・表現の自由を侵害する。

報道機関には、国民の知る権利に応えて、報道の自由が最大限保障される必要がある。特定秘密保護法制によって広範な情報が秘匿され、報道機関への情報提供が処罰の対象となり、公務員や民間企業に働く人々の表現の自由など市民的自由が著しく制限される。報道機関の取材活動がささいな逸脱を口実に処罰される可能性が大きい。報道機関の活動は萎縮してしまい、自主規制も拡大する。報道機関だけではなく、平和運動、基地反対運動や各種オンブズマン活動など、市民運動レベルの情報収集も著しく制約されることになろう。

法案は、「この法律の解釈適用」として、次の条文(21条)をおいている。「この法律の適用に当たっては、これを拡張して解釈して、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならず、国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない」(1項)。「出版または報道の業務に従事する者の取材行為については、専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする」(2項)。

メディアの側には、特定秘密保護法案に対する警戒心が強いが、これらの条文はメディアをなだめることを意図している。法案は、秘密を取り扱う公務員や民間人に対して秘密保護を求めており、違反者には最高10年の懲役刑に加えて、裁量によって1000万円以下の罰金を科すとしている。法案は水も漏らさない秘密保護の体制を作り上げることを意図しており、秘密とされた情報は、いわば蛇口を締められる状態となって、報道関係者等の取材が著しく困難となることには、目に見えている。懲役10年を覚悟して、秘密の情報をメディアに提供する人はほとんどいないであろう。出版・報道関係者が無理に蛇口を開けようとすると、特定秘密の取得行為に当たるとされ、10年以下の懲役刑及び1000万円以下の罰金に処せられる。このようにして、メディアは、政府が提供した情報を国民に向かってもっぱら広報、宣伝する媒体へと退化する可能性が高い。法案は、「拡張解釈」しなくても、十分に人権侵害をもたらす。また、「出版又は報道の業務に従事する者」であるかどうかは、警察等が判断し、最終的には裁判所が判断する。かりに裁判で救済されたとしても、報道機関が委縮してしまうであろう。この種の法律に設けられる濫用禁止規定が人権侵害に対してどこまで効果的な歯止めとなるかは、過去の類似の規定を持つ法律等の運用から見て、きわめて疑わしい。

 (3)学問の自由を危うくする。

 特定秘密保護法の基本的な罰則である漏えい罪は、特定秘密の取扱業務者だけではなく、業務知得者の漏えいも対象にしている。科学技術の領域で、近年「安全保障」という名の軍事研究が拡大しているが、こうした研究が特定秘密保護法の下で飛躍的に拡大する可能性が大きい。国公立大学や私立大学で、国や軍事産業の委託を受けて軍事研究や汎用技術の研究などを行う場合、研究者は適性評価の対象となり、秘密保全義務が課されて、「漏えい」に対して処罰が科される。研究の内容は秘匿され、研究者相互間の研究内容の吟味が否定され、学会や雑誌等での発表も規制の対象となる。大学における自由闊達な研究と研究者間の交流と相互批判が大きく阻害される。


     (四) 特定秘密保護法は、刑法および刑事訴訟法の原則をゆがめる

1.罰則は罪刑法定主義に反し、憲法31条違反である。

特定秘密保護法の罰則は、文言が曖昧であり、処罰の範囲は広汎であり、その内容も適正ではなく、憲法31条の適正手続・罪刑法定主義に反する。

罪刑法定主義は、犯罪と刑罰が国会の制定する法律によらなければならないとするものであり、行政機関である政府が刑罰法規を定めることは、基本的人権と議会制民主主義の見地から許されていない。この法案の特定秘密はそもそもきわめて広範囲であり、その具体的な内容は政府が決定する。このような罰則は、刑法による保護の対象を事実上行政機関の決定に広範に委任するという意味で、それ自体罪刑法定主義の趣旨に反する。処罰の類型も秘密漏えいを中心に、特定秘密の取得行為、独立教唆・扇動、共謀にまで及んでおり、過失による漏えいの処罰も含まれている。刑罰の補充性、謙抑性の原則を顧みず、悪しき完全主義に陥っている。

法案の罰則の類型としては、漏えい罪と探知型の取得行為とが規定されている。法案の漏えい罪は、自衛隊法の防衛秘密漏えい罪の法定刑と比べて、格段に刑が引き上げられている。自衛隊法の防衛秘密漏えい罪は、防衛秘密を取り扱うことを業務とする者の漏えい行為を処罰するだけであり、取得行為を処罰する規定を有していない。なお、在日米軍に関する刑事特別法やアメリカ政府から提供される武器や技術の秘密保護を図るMDA秘密保護法でも、探知・収集罪と漏えい罪が規定されている。条項の順番、配列は異なるものの、法案の罰則もこれら二つの先行する秘密保護立法の犯罪類型に類似したものとなっている。法定刑もこれら二つの法律における罰則と同じレベルのものとされている。集団的自衛権の行使をめぐって、日米の軍事的一体化が進むなかで、特定秘密の保護においても在日米軍に関する秘密やアメリカから提供された軍事物資等・技術の秘密の保護と同等の保護を自衛隊の秘密に与えようとしている。

法案は、故意の漏えいに加えて、過失の漏えいも処罰するとしている。秘密かもしれないと思えば、故意が認められることになろう。過失ではうっかりしゃべってしまうことが処罰の対象となる。漏えい罪は、一定の立場にある者による犯罪(いわゆる身分犯)とされている。そのうち、特定秘密を取り扱うことを業務とする者による漏えいの場合、10年以下の懲役刑(裁量により1000万円以下の罰金の併科もできる)、行政機関の長から提供を受けて特定秘密の提供を受けて、特定秘密を知得した者による漏えいの場合、5年以下の懲役刑(裁量により500万円以下の罰金の併科もできる)が科される。

適性評価と罰則の行為主体(身分)とは切り離されている。法案は、特定秘密を他の行政機関に提供する場合、提供を受けた行政機関の側の職員については、特定秘密の取り扱い業務者とすることを想定している。これらの業務者については、適性評価が行われる。

法案は、行政機関の長、国務大臣、内閣官房副長官、内閣総理大臣補佐官、副大臣、大臣政務官「その他職務の特殊性等を勘案して政令で定める者」については、適性評価を行わないとしている。しかし、これらの者が、罰則に規定された漏えい行為を行えば、故意犯であれ過失犯であれ、処罰を免れることはできない仕組みとなっている。

国会議員はどうか。国会議員や裁判官は、行政機関の長が行う適性評価の対象とはならない。しかし、特定秘密の提供を受けることは想定される。法案は、国会の非公開審理を前提として、厳重な秘密保持の措置を講じたうえで、各議院、議院の委員会もしくは調査会に対する特定秘密の提供を行うとしている。そうすると、特定秘密の提供を受けたとする国会議員は、罰則の特定秘密の提供を受け、「知得した者」(知得者)に該当し、罰則の適用が及ぶことになり、5年以下の懲役および500万円以下の罰金による処罰が可能となる。

法案では「公益上の必要による特定秘密の提供」に関する制度が盛り込まれている。行政機関の長が刑事裁判へ証拠として特定秘密を提供することは、これに当たる。この刑事裁判に関与する検察官・裁判官および弁護士は、罰則の主体となるのか。検察官が秘密取扱い者となるのかどうかは、現時点では明らかではない。少なくとも捜査や刑事裁判で検察官が証拠となる特定秘密の提供を受けている場合は、業務上知得者となることは明らかであり、故意および過失の漏えい罪の主体となる。

法案101項ロは、捜査もしくは公訴の維持又は審理に対する特定秘密の提供を規定している。刑事訴訟法316条の27では、公判前整理手続で裁判所が証拠開示に関して裁定を行う場合、証拠提示を命令することができる。裁判所が特定秘密を含む証拠について提示命令を出した場合、これに関与した裁判官は、特定秘密の内容を知ることになる。したがって、この場合は、裁判官が故意漏えい罪および過失漏えい罪の主体となる。裁判所がその証拠の開示を命じる場合には、弁護人も知ることになるから、その場合には弁護人も処罰の対象となりうる。
すなわち、この法律が成立すると、一定の場合には裁判官・弁護人にも法律の適用が及びうる。

法案では、過失漏えいについても処罰するとする。在日米軍に関するMDA秘密保護法では、過失漏えい罪の規定を置いているが、自衛隊法では過失処罰の規定を置いていない。MDA秘密保護法と同様な秘密保護の仕方をすることで、法案の軍事立法としての性格は明白となっている。すなわち、集団的自衛権の行使を前提に、日本側の秘密保護を強化しようとする法案の性格は、ここでも明らかとなっている。 

報告書では、特定取得行為という類型が想定されていた。法案ではこの文言にかえて、特定秘密の取得のために、?人を欺き、人に暴行を加え、又は人を脅迫する行為、?財物の窃取、施設への侵入、不正アクセスその他の特定秘密の保有者の管理を害する行為を行った場合、手段となる行為の処罰とは別に、取得行為そのものの処罰を規定し、懲役10年以下の刑が科される。ささいな行き過ぎを口実に、報道機関の取材やさまざまな住民運動の側の調査活動は規制の対象とされ、活動を委縮させるおそれが大きい。


2.特定秘密保護法は、刑事裁判における適正手続保障に違反する。

特定秘密保護法では、秘密に関して、秘密指定されるだけではなく、実質的にも秘匿の必要性があるものとしている。しかし、罰則に違反して起訴された場合、適性評価を受けていない裁判官や弁護人に秘密の内容を開示することは認められないおそれがある。法案によれば、公判前整理手続における証拠開示を制限し、証拠開示に関する裁判所の裁定においてすら、捜査機関以外の者に対する証拠を開示しないという対応を採用するかのようである。

その結果、裁判では「特定秘密」の内容が裁判官に対してさえ明らかにされないまま、審理され、有罪とされることになろう。秘密指定という事実から実質的な秘匿の必要性が推認されることになり、裁判は結局、行政機関の長が行った秘密指定を追認する場所にすぎないものとなる可能性が大きい。さらに、「特定秘密」に関する審理においては、裁判の公開の制限や、尋問・論告・弁論が制限されるおそれも無視できない。

 弁護人が特定秘密にアクセスしようとすれば、弁護人の活動が特定秘密の取得行為あるいは共謀罪、独立教唆・扇動罪あるいは未遂罪に当たるとして、処罰される可能性がある。このように、被疑者・被告人が有する弁護人の援助を受ける権利が著しく制限される。

 このように、特定秘密保護法のもとで、適正手続、公正な裁判、弁護人の援助を受ける権利などが広範囲に脅かされる。

現在、法制審議会の「新時代の刑事司法特別部会」で通信傍受の拡大、室内盗聴捜査の創設等の審議が進められている。特定秘密保護法が制定された場合、構想されている刑事司法の新しい制度が持つ危険は、いっそう拡大するおそれが大きい。集団的自衛権の行使を想定した軍事の強化にともない、特定秘密保護法のもとで、反戦運動・平和運動への抑圧の強化に関連する事項が秘密の事項に含まれる可能性が高い。


     (五) 結論

特定秘密保護法案は、憲法の平和主義、国民主権原理、基本的人権の尊重主義といった憲法の基本原理を脅かすものであり、憲法改悪の先取りでもある。それと同時に、刑事法の人権保障をも侵害するおそれが大きいと言わざるを得ない。われわれは、刑事法研究者の立場から、この法案に強く反対する。

            
                                       2013116


(呼びかけ人)

村井 敏邦(代表、一橋大学名誉教授、弁護士、日本刑法学会元理事長)
斉藤 豊治(代表、甲南大学名誉教授、弁護士)
浅田 和茂(立命館大学教授)
安達 光治(立命館大学教授)
海渡 雄一(弁護士、日本弁護士連合会前事務総長)
川崎 英明(関西学院大学教授)
葛野 尋之(一橋大学教授)
斎藤  司(龍谷大学准教授)
佐々木光明(神戸学院大学教授)
白取 祐司(北海道大学教授)
新屋 達之(大宮法科大学院教授)
武内 謙治(九州大学准教授)
土井 政和(九州大学教授)
豊崎 七絵(九州大学准教授)
中川 孝博(國學院大學教授)
新倉  修(青山学院大学教授)
渕野 貴生(立命館大学教授)
本庄  武(一橋大学准教授)
前田  朗(東京造形大学教授)
松宮 孝明(立命館大学教授)
三島  聡(大阪市立大学教授)
水谷 規男(大阪大学教授)
守屋 克彦(弁護士、元東北学院大学教授)