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(世界の新聞/「プンゲリ(豊渓里)核実験場廃棄」 韓国・統一ニュース 2018525日付)
http://www.tongilnews.com/news/articleView.html?idxno=124934


       プンゲリ(豊渓里)核実験場廃棄はどの様に進行されたか

関係者“放射性物質漏出現象は全くない”

朝鮮が24日、南朝鮮をはじめ5カ国の記者団が見守る中、‘北部の核試験場(豊渓里核実験場)廃棄行事'を実施した。
23日午後7時ごろ、記者団を乗せて元山(ウォンサン)駅を出発した特別列車は24日午前615分ごろ、咸鏡北道(ハムギョンプクト)ジェトク駅に到着した。 海抜1,300mに位置した核実験場まで21km区間は車で移動した。 午前819分、核実験場の北側にある2度坑道の前に到着した。 上将階級章をつけた康景豪(カン・ギョンホ)核兵器研究所副所長をはじめ、朝鮮側関係者20人余りが記者団を迎えた。

▲康景豪(カン・ギョンホ)副所長が24日、廃棄手順を説明している [写真-共同取材団]

2番坑道の隣の空き地で実施した事前ブリーフィングで、康景豪(カン・ギョンホ)副所長は、“核試験場廃棄は、試験場にあるすべての試験坑道を、爆発の方法で崩落させ、坑道の入り口を完全に閉鎖し、すべての観測所と地上の構造物を撤去する方法で行われる。 同時に、研究者と警備員を撤退させ、核実験場周辺を完全に閉鎖することになると説明した。
○核実験準備の中止、○実験設備やケーブル類、情報通信及び動力系統など実験の手段の解体の撤退、○空気配管と、圧縮機、レールと運搬設備工事などの手段の解体の撤退まで3段階の作業をすでに実施したと明らかにした。
彼は、“四番目の段階は、試験坑道と地上建物を全部なくすこと”とし、“3つの試験坑道と二つの測定所などを爆破する作業は、記者の皆さんが見守る中、施行される”と話した。“最後の彼は、“四番目の段階は、試験坑道と地上建物を全部なくすこと”とし、“3つの試験坑道と二つの測定所などを爆破する作業は、記者の皆さんが見守る中、施行される”と話した。“最後の段階である、残っている人員を撤収させ、核試験場周囲を完全に閉鎖する事業は、今後、早い期日内に結束されることになる"と伝えた。

2次から6次まで、5度の核実験が実施された2番坑道 [写真-共同取材団]

1次核実験(2006.10)が実施された1番坑道()はすでに閉鎖されており、2(2009.5)から6(2017.9)まで、5度の核実験が実施された2番坑道(北側)の場合、“現在までの測定資料によると、放射線物質の流出は全くなく、周囲の生態環境も、極めてきれいだ”と強調した。
康景豪(カン・ギョンホ)副所長は、“数字3と表記した南の坑道は、二つの枝坑道になっているが、核試験を適時に断行するよう、万端の準備が為された坑道”であり、“数字4と表記した西側の坑道は、威力が非常に大きな核実験を安全に進行できる様特別に準備しておいた坑道”だと、明らかにした。“準備坑道の南と西側の坑道は、すでに進行した核実験によって小さな被害も受けず、現在まで生き生きと保存されている”と付け加えた。
2(北側)4(西)坑道を参観した記者団が10時頃、2番坑道爆破を見守るために、マンタプ山中腹にある簡易観測所に上がった。

▲坑道爆破[写真-共同取材団]

“撮影準備が出来た”と、記者団が答えるや、午前11時、マンタプ山を揺さぶる重い轟音とともに、入り口にある土、壊れた岩があふれ出た。 入口側で初の爆音以後、内側に入って、二回目の爆音が上がった。坑道の入り口の上部が45mほど崩れ落ちた。15秒後に観測所が爆破された。 轟音とともに、濃い煙が渓谷を覆い、風によって下って行った。膨大な煙が晴れるや、壊れて出た木の破片が、観測所の敷地に溢れ出ていた。
核兵器研究所の関係者は、“午前に予見した、北側(2)坑道の入り口と測定室爆破がとても成功裏に終わった”、“専門家によると、爆発はとても成功的だった。 坑道の入り口は完全に塞がれた”と語った。

[写真-共同取材団]

5カ国10チームの記者30人が、廃棄光景を見守った [写真-共同取材団]

一部の記者たちが現場近くに行ってみると、泥、岩のかけらが崩れ落ち、坑道の入り口が完全に封鎖された。 2番坑道観測所敷地にも、木材の切れ端が散乱していた。 ドアフレームだけ残って、扉、窓枠の全てが一部の記者たちが現場近くに行ってみると、泥、岩のかけらが崩れ落ち、坑道の入り口が完全に封鎖された。 2番坑道観測所敷地にも、木材の切れ端が散乱していた。 ドアフレームだけ残って、扉、窓枠の全てが無くなったのである。観測所の裏側、記者団の為に特別に作ったという化粧室は健在だった。 核兵器研究所の関係者は、“壁にダイナマイトを打ち込み、崩れるようにした。 計8個の爆薬を差し込んだ”と説明した。
記者団は昼食を食べ、午後1時に、南にある3番坑道を見学した。核実験が実施されたことのない準備坑道だ。 薄い鉄の扉で、内部はコンクリートだった。 壁の厚さが20cm程度で、床は土と砂利だった。 爆弾と連結されたケーブルが目立った。 入口から10mの上に、木で造った観測が見えた。前に、谷川も見えた。 <朝鮮中央TV>記者は、飲んでみなさいと勧めた。“売っている<神徳の湧き水>のPH7.4だが、この水はPH 7.15で、飲むともっと良い。放射能汚染はない。”
午後147分、記者団は東側山腹にある観測所に到着した。 30分後、4番坑道が爆破された。 15秒後、ダンヤジャン(金属を火で焼く作業場)が爆破され、上午後147分、記者団は東側山腹にある観測所に到着した。 30分後、4番坑道が爆破された。 15秒後、ダンヤジャン(金属を火で焼く作業場)が爆破され、上側の土が溢れ落ちた。 土砂や岩石破片が前の道下まで出て、道をふさいだ。

 ▲地上建物爆破[写真-共同取材団]

[写真-共同取材団]

午後245分、生活建物5棟が爆破された。 1秒間隔で1棟ずつ壊れた。 連続的に大きな轟音と共に巨大な雲が起きた。 午後42分、3番坑道と観測所が爆破された。“ドカン”と言う音と一緒に、土や岩の破片が溢れ落ちた。 入口側の音は大きく、花崗岩地帯の深い所で、爆発音は相対的に小さかった。 30分以上石が流れた。 15分後二番目の観測所に移動し、生活建物2個と、軍キャンプ2つの爆破を見守った。 朝鮮側関係者たちは、無電で“すべて成功裏に終わった"、“おめでとう”と言う言葉を交わした。
午後453分、3番坑道の前に記者団が集まった。康景豪(カン・ギョンホ)副所長が、‘核兵器研究所声明'を発表した。“放射線物質の漏えい現象が全くなかったし、周りの生態環境にいかなる構成的影響も与えなかったということが確認された"と強調した。“実験中止は世界的な核軍縮に向けた重要な過程"という部分も目につく。 ‘非核化'代わりに、‘核軍縮'を再び取り上げた形だ。
午後5時廃棄儀式が終わった。 15分後、記者団は車両に搭乗してジェドク駅に移動し午後527分、特別列車に乗った。 午後658分、元山(ウォンサン)駅に向かって出発した。 25日午前6時過ぎに元山(ウォンサン)駅に到着した記者団は、葛麻(カルマ)招待所のプレスセンターで記事と写真、映像を送った。 記者団は午前10時に朝食をした後、葛麻(カルマ)地区を見学する。 26日午前、北京を経由して帰国する予定だ。
                                             (訳 柴野貞夫 2018525日)