(世界の新聞/この本は朝鮮に対するあなたの全ての考えを覆す 「ミンプラス」 2021年1月28日付)
http://www.minplusnews.com/news/articleView.html?idxno=11362
この本は北韓(朝鮮)に対するあなたの全ての考えを覆す<その1>
A.B. Abrams著『不動の目標・北韓、米国、70年間戦争中』(Immovable Object: North Korea’s 70
Years at War with American Power)が新刊された。以下は、米国の言論 「Information Clearing House」が、この本を紹介した文である。
(原文はこのサイト→ http://www.informationclearinghouse.info/56063.htm)
朝鮮と米国―葛藤の根
ブラームス(A.B. Abrams)の新刊、『不動の目標・北韓、米国と70年間戦争中』は、米国側の北韓に対する一般的考えが、大部分間違ったものである事を示してくれる。
金日成の家門が、全体主義的方法で支配して来た事は事実であるが、合理的且つ時には、賢明な政策を採用して来た事も事実である。そのおかげで、北韓は前例無き強い外部の敵との牽制を破り、相当な程度の軍事大国に発展する事ができた。
2017年7月と11月の間に、北韓は三つの大陸間弾道ミサイル(ICBM)と、一つの更に洗練され、小型化された水素核弾頭を試験発射し、その結果は成功的だった。
この実験で、米国の最も長きに亘る敵対国の一つが、米国本土を打撃する事が出来る能力を有する事となった事が、疑心無く立証されたのであり、その後に米情報当局も、北韓の核弾頭のみならず、実験発射された二つの類型ICBM全てが、実戦配置可能である事を確認した。
今や北韓は、これ以上,軍事的弱者ではなく、米国との長い戦争で有利な立場に立ったかもしれない。この様な事実に対し、北の人民は自負心を感じている。
米国と北韓、或いは朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)間の葛藤は、その根が、米国主導の世界秩序を、北韓が拒否するという事実に触れている。
朝鮮建国の父、キム・イルソン(金日成)は、卓越した朝鮮民族主義者キム・ヒョンジクとカン・バンソクとの間に生まれ、ソ連の極東地域に配置され、日本の植民地支配に抵抗した満州パルチザンの指導者だった。
▲(写真)2020年10月、北韓朝鮮労働党75周年記念式での軍事パレード。22輪の垂直移動式発射台に装着された北韓のICBMがはじめて披露された。
南韓は日帝の下手人達に依存して運営された
日本は、1910年から1945年間の植民支配時期に、産業化を推進し、(全世界でフーバーダムの次に大きな)水豊ダムを建設したのであり、同時に、むごたらしい監視体制を開発して政治的反発を抑圧した。米国は、南韓で、左翼民族主義運動団体に対し、敵対的であったし、警察国家体制を建設したと言う側面で、(日帝の)後を追った。特に、その様な国家機関は、過去の日帝の下手人達に依存して運営された。
朝鮮を意図的に二分し、自由選挙を通じた平和統一に反対した米国
米国は、第二次世界大戦の終結と共に、朝鮮を意図的に二分し、南韓にはイ・スンマン(李承晩)が率いる従属政権を樹立した。イ・スンマンは数年の追放生活の末、マッカーサーの飛行機に乗って(南韓)に帰国した。当時、CIA報告書は、金日成と李承晩が、リーダーシップにおいて各段の差が有った事を示している。
朝鮮では、金日成の指導の下、産業生産性が飛躍的に成長し、工場労働者の平均賃金は83%も増加した。成功的な土地改革で、農民達もまた、新しい機会を持つ事となった。多くの人民が国家補助を受ける医療体系と教育で恩恵を受けた。
李承晩政府は米国の支援のもと、少なくとも十万人の自国民を殺害した
一方、李承晩政府は、南韓経済を日本経済に従属させようとする経済政策で、社会的反発を引き起こした。米国が、日本を再建し冷戦体制の下位同伴者にしようとした結果だった。
その他にも、日本の協力者の過度な依存と、反対陣営に対する不寛容が、社会的反発を更に激しく育てた。
韓国戦争(朝鮮戦争)の公式的な勃発前、李承晩政府は米国の軍事、政治顧問の支援の下、少なくとも10万人の自国民を殺害した。南の島、チェジュ島(済州島)での左翼暴動がとりわけ残酷に鎮圧された。
1940年代後半、金日成政府は、自由選挙を通じた平和統一を唱えた。米国政府は、金日成の勝利を予想したので、選挙に反対した。
似たような事例として、ベトナムを挙げる事が出来る。1956年当時、米国政府は、ホーチミンが80%以上の得票で勝利する事を知っていたので、自由選挙を霧散させた。
米国は、民主主義に対する公約にも拘らず、韓国の主権を踏みにじった。当時米国は、既に太平洋戦争を勝利に導く過程で、東南アジアを軍事基地で包囲する事が出来たとし、この基地を踏み台にして、この地域で帝国主義的野望を貫徹させる考えだった。
著者ブラームスは、南韓が北韓を侵略した強力な証拠を提示している
北が1950年6月25日、南韓を侵略する事で韓国戦争(朝鮮戦争)が始まったと言うのが、公式化された見解である。しかし、著者ブラームス(A.B. Abrams)の説明では、その反対である事を立証する強力な証拠が提示される。
選挙を通じては、絶対に達成する事が出来ない事を達成する為に、李承晩(イ・スンマン)の兵力は、北への侵攻を敢行し、その出発点は6月25日の国境の都市、ヘジュ(海州)に対する攻撃だった。
後日、南韓側は“反撃の一環としてヘジュ(海州)を攻撃したのである”と主張したが、既に成功的にヘジュ(海州)を占領したと言う発表は、広く知られている状態だった。
米国政府官僚らは、韓国戦争の勃発の消息に鼓舞された。国務長官(Dean Dcheson)は、“韓国戦争が時を合わせて起こり、それで我々を救ってくれた”と語った。
▲(写真) Dean Dcheson国務長官(右)と、Harry
S.Truman(トルーマン)米大統領(左)が、韓国戦争計画している。
米国は、武器の実験場にしただけでなく、日本戦犯から学んだ「細菌戦」を「実験」した
その他にも、米国の軍部は、韓国をスーパーバズーカ砲、ナパーム弾、ゼリー化されたガソリンなど、新しい武器体系を試験する場所として利用した。後には、ベトナムが同じ目的のために利用された。
北の戦争捕虜たちは、医学用実験鼠(ラット)として利用され,北韓住民達を相手に、日本の戦犯達から学んだ細菌戦を実験した。
日本の戦犯たちは、第二次世界大戦が終ったのち、メリーランド州の生物戦本部に秘密裡に招請を受け、そこで講義したのである。
日本帝国主義を相手に、戦争を率いた経験があるダグラス・マッカーサー将軍は、“生きている人間の中で、自分程流血、血まみれの惨状を多く目撃した人間は無いだろう。しかし韓国戦争ぐらい悲惨な破壊は、未だかって経験しなかった。自分がその場にいた最後の頃は、その凄惨さに、胃が固まった仕舞ったくらいだ。”のちに、マッカーサーは、その戦争について“人間の歴史に、絶対に記録された事のない大殺傷劇だった”と語った。
戦争が終わってから、数十年後に設立された「真実委員会」によると、南韓軍が北韓軍(朝鮮人民軍KPA)より6倍も、悪行を働いたのだ。米軍兵士たちは、その上、村に火を付け、女性を強姦し、数十件の大量虐殺を犯しており、其のうち幾つかは、純粋に人種偏見によって触発されたものだ。
戦闘機のパイロット、David Tatumは、「タイム」とのインタビューで、“あとで、我々を攻撃するかも知れない兵士一人を殺すために、民間人10人を殺さなければならない。我々は後悔していない”と語っている。
(続く)
▲(写真上)1950年、夏、米軍の監視下で南韓軍によって犯された即決処刑
▲北韓で行われた、米軍の蛮行を素材とした新川博物館の絵
【関連サイト】
☆ 論考/「社会主義・朝鮮の崩壊を妄想し、67年間に亘って核威嚇を繰り返してきた米帝国主義の対北政策の敗北」(柴野貞夫時事問題研究会 2017年12月10日)
http://www.shibano-jijiken.com/sekai_o_miru_sekai_no_jousei_60.html
☆ 論考/米国と追隋国家の核攻撃戦争から社会主義朝鮮を防衛せよ(1)(2013年2月23日)
http://www.shibano-jijiken.com/sekai_o_miru_sekai_no_jousei_38.html
☆ 論考/米国と追随国家の核攻撃から社会主義朝鮮を防衛せよ(2)(2013年3月2日)
http://www.shibano-jijiken.com/sekai_o_miru_sekai_no_jousei_39.html
☆ 383 チェジュ島4・3人民蜂起から65年−チェジュ島抗争の勇士たちの魂 (労働新聞 2013年4月3日付)
http://www.shibano-jijiken.com/sekai_o_miru_sekai_no_shinbun_383.html
☆ 39 チェジュ(済州)島4・3事件/チェジュ国際空港で遺骸発見(韓国・
チャムセサン 2007年10月13日付)
http://www.shibano-jijiken.com/SEKAI%20O%20MIRU%20SEKAI%20NO%20SHINBUN%2039.html
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