(民衆闘争報道 日本軍「慰安婦」被害者証言キャンペーン2013 in 奈良/吉見義明教授の講演記録
2013年5月26日)
[吉見義明教授―講演記録] 連載その1
被害者の声に向き合って記録し、記憶し、未来へ語り継ぐ責任
中央大学 吉見義明教授
○橋下は、「軍・官憲による暴行・脅迫を用いた連行の有無」だけを問題とし、「軍慰安所での日常的強制の実態」を無視、植民地支配を肯定的に前提として、性奴隷制度を否定し、軍慰安所の必要性まで言及している。
○橋下と安倍が、日本軍従軍慰安婦制度とアジアに対する侵略戦争と植民地支配の正当化を、何故執拗に主張するのか?「日本人の誇り」なるものを利用して国民を動員し、改憲と集団的自衛権行使を狙う国作りに、歴史の歪曲を必要としているからです。 (講演記録から)
△写真上 中央大学 吉見義明教授 (5月26日 於・奈良県人権センター)(写真出処・柴野貞夫時事問題研究会)
●橋下発言の四つの論点
私は、1991年末に日本軍慰安婦問題の研究を始めました。それから20数年たっています。しかし未だに解決しない状態が続いています。昨年、大阪市の橋下市長が、私が「強制連行を認めていない」と言う趣旨の発言をされました。明らかに事実と違うので、その発言の撤回と謝罪を求めました。しかし、未だにその発言の撤回も謝罪もない。近日に、改めて全面的な公開質問状を提出し、彼の発言の謝罪と撤回を求めて行きたい。
今日は慰安婦問題に対する彼の発言で、何が問題なのかを明らかにして行きたい。皆さんのお手元にレジュメ集があります。それをご覧になりながら私の話を聞いて頂きたいと思います。
橋下氏の主張の要点が4つにまとめてあります。(彼の主張自体がコロコロ変わっていると言う問題がありますが)
まず、1番目に、5月13日に「日本の慰安婦制度は、必要であった」とし、この制度を肯定する趣旨の発言です。これは、未だに撤回されていません。彼はこの日次の様に発言しました。「あれだけ銃弾が雨嵐の如く飛び交う中で、命かけて、そこを走って行く時にね、それはそんな猛者集団と言いますか、精神的にも高ぶっている様なそう言う集団は、やっぱりどこかで、まあ休息じゃないけれども、そう言う事をさせて上げ様と思ったら、慰安婦制度と言うものが必要なのは、誰だって分かるわけです。」(2013年5月13日午前)
これが彼の正確な発言です。(後でかれは、‘全体の文脈の一部を不正確に取りだされ誤報された’と誤魔化しましたが、まさに全文脈を通して、誤報でないことは明らかです。)彼のこの発言は、普通の日本人の言語理解から考えれば、「日本の軍慰安婦制度が当時も必要だったし、今も必要だ」と言う趣旨にしか理解出来ません。
また、慰安婦制度の肯定もさる事ながら、他国を土足で蹂躙し、上がりこんだ、日本の侵略軍隊の存在そのものの当否に触れず、アジアに対する日本の侵略戦争と植民地支配を、当然かのように前提にしています。
又、彼のこの主張は、主義主張の違いを別にして、人間として到底許されない道徳的規範からはずれた考えが、その根底にひそむものと思います。
橋下発言の2番目の論点です。在日(沖縄)米軍に、風俗業の活用を提言したと言う点も、彼はいろいろ言い訳をしていますが、事実上「米軍に対し、売春を提言した」のは間違いのない事実です。この発言については、昨日、きょうの報道を見ますと、明日東京へ行って特派員協会で発言する予定と伝えています。彼のこの「在沖縄米軍の売春提言」は、そこで撤回発言すると言うことです。アメリカ政府と米軍に謝罪したいと言うわけです。つまり、力の強い者に対しては謝罪をするけれど、力の弱い者には謝罪をしない、そんな姿勢がはっきり見えています。
3番目ですが、「慰安婦制度が性奴隷制度である」と言う事は、我々の理解であり、国際的にも理解されている所です。これについて、5月15日の昼に否定する発言をしています。また「慰安婦制度の下で強制があった」と言うこと事自体も否定しています。この両方、つまり慰安婦制度は「性奴隷でない」「強制はない」とする見解も、撤回していません。これは、慰安婦制度問題についての彼の見解の大きなポイントになると考えます。更に言い訳として、欧米の軍隊も同じ事をしていたと言っています。そのなかで米軍は、戦後「RAAと言う施設を活用していた」と言っています。言い訳として、この様な事を持ち出しています。これは実際にはどうだったのか、この事を考えたいと思います。
4番目に橋下は、「日本はレイプ国家だと非難され、日本だけが国を挙げて[軍・官憲が]暴行・脅迫・拉致したから問題だと言われている」とし、「これが不当である」と主張しています。世界的に日本が、レイプ国家だと非難されていると言う彼の発言は、かなり誇張されたものだ。
ここで一つの大きな問題は、相変わらず、「軍・官憲による暴行・脅迫を用いた連行」だけを問題とし、それが有ったか無かったかだけを問題とするこの主張は、「軍・官憲」と「暴行・脅迫」が結びつかない限り、「問題はないのだ」と言う彼等の主張の根幹となっている。これは、橋下だけでなく安倍も以前から一貫して主張してきた。(時事研注―安倍は、‘暴行・脅迫’を伴う連行を‘狭義の強制’とし、それは無かったとする言葉のトリックで、慰安婦制度での‘強制性’を否定する根拠とし、慰安婦制度が性奴隷制度であった事実そのものを否定してきた。)
この彼等の主張は果たしてそうなのか?安倍・橋本に限らず、多くのマスメディアも、この主張に同調している。これは、問題の本質を歪める大きな問題なのです。
被害者である中国・朝鮮・東南アジア諸国では、日本軍慰安婦制度は「軍・官憲」「暴行・脅迫」が伴もなったものである事を、当然の事実と受けとめられている。
しかし、それだけが問題なのではない。「慰安婦制度問題」をそのように限定して捉えるやり方は、安倍政権、一定のマスメディアも取っています。この認識の間違いが正されないと問題の解決にはならないと考えます。
●植民地の女性達を、「連行」した「方法」だけが問題なのではない。軍慰安所での(日常的な)「強制性」が全てである。
私達は、この慰安婦制度において何を問題にして来たのか?世界では何を問題にしているのか?私達は、これまでずっと、軍慰安所で強制が行われて来たと言う事を問題にして来た。また、日本軍の慰安制度は、「性奴隷制度」であった、「そこに入った女性達は、この奴隷制度の被害者であった」と言う事をずっと言い続けてきた。改めてこの問題の原点を確認して置きたい。
ひとつは、日本軍慰安婦制度の下では、少なくとも4つの自由が認められていなかったと言うのは多くの資料から明らかである。
@ 居住の自由がない。女性達は、日本軍の慰安所の狭い一室で暮らさなければならなかった。自由に何処にでも住める自由はない。
A 外出の自由が無い。日本軍慰安所の外には出られなかった。さまざまな制限を受けていた。慰安所の諸規則は、日本軍が作っていた。それを示す書類が多数発見されている。その中には「慰安婦の外出は厳しく取り締まれ」と規定。「外出は許可制」とする規定。女性の「散歩時間と区域を限定」する規定。これら「許可制」とは、「外出の自由がない」と言うことである。
日本国内にも、戦前「遊郭」がありました。遊郭の女性達は、郭の一角に住む事を強制された。外出の自由が制限されました。従って、日本の公娼は性奴隷であった。当時外国から、日本の公娼制度は性奴隷制だと言う批判が挙がったのです。そこで内務省は、1933年以降、女性達の外出の自由を認める様業者を指導しました。それを指導した時の内務省の文言で、警察(広島の例)に対し、「許可制であれば、外出の自由がない事になる」と明確に表現されている。日本の「籠の鳥」は性奴隷であった事は明らかです。戦前日本内務省はその様に指導した。しかし、日本軍慰安婦制度では、そんな指導はなされなかったのです。
B 「自由廃業」(慰安婦から逃がれる自由)の規定が無い慰安婦制度。日本軍慰安所規則の記録の中に、「廃業の自由」は、一つも書いていない。これを日本国内の公娼問題との関係で議論して見ますと、国内の公娼制度では自由廃業の規定が一応あります。女性が辞めたいと思えばそれをただちに認めると。しかしこれが、実際にどの様に機能していたのか。
日本の公娼制の下で、女性達は「廃業の自由」の規定を、そもそも知らない場合がほとんどだった。その権利を知ったとしても、警察に届けなければならないのです。そうし様とすれば、業者が妨害します。運よく自由廃業の届けを出したとしても、業者は必ず裁判を起こします。「借金を返せ」とする裁判です。
「人身売買」で売られた郭の女性達は多くの借金を背負っています。戦前でも売春で借金を返せとするのは、「公序良俗」に反するとされていたが、同時に借金は借金だから返せと言う判決もある。「自由廃業」は、紙の上での存在だったのです。日本国内の公娼も事実上「性奴隷」だったのです。日本軍慰安婦制度では、この「自由廃業」の紙の上での規定すら無かったのです。
C 拒否する自由がなかった。慰安所において、慰安婦たちに、日本軍の兵士達の性の相手を拒否する自由があったのか?と言う問題です。慰安所で、兵士の相手を拒否すれば軍人に殴られか、業者に殴られるかのいずれかでした。とても拒否する事は出来なかったのです。
以上、少なくとも、この四つの自由がない制度は、性奴隷制度と言わざるを得ない。慰安婦にとって、慰安所の生活が、強制性がなかったとは到底言えない。
これらの事を我々は明らかにして来ました。この一番肝心な事が橋下、安倍も分かって居ないか、意図的に歪曲して来たのです。
●日本軍慰安婦の募集は、「略取、誘拐、人身売買による国外移送」を禁止する当時の日本の国内法〈刑法〉にさえ違反し、(当時日本が加盟していた)「婦人児童の売買禁止に関する国際条約」にも違反する。
次に、二つの事柄を指摘したいと考えます。
一つは、当時の日本、台湾、朝鮮で施行されていた刑法にどんな規定があったか。軍慰安婦問題の関連で言いますと、刑法226条と深い関係があります。ここで、「人を略取、又は誘拐、又は人身売買により国外に移送した場合には、2年以上の有期懲役に処す」と書かれている。
「略取」とは、暴行・脅迫で連れて行く事、「誘拐」とは、騙したり・甘言によって連れて行く事です。慰安婦募集で、“看護婦のような仕事がある”とか“紡績女工の仕事”とか“楽な仕事がある”と言って、少女や女性を集める事、これが「誘拐・甘言」罪なのです。
もうひとつ、刑法226条の人身売買の規定において、2005年に刑法が改正されるまでは、人身売買罪は、国外につれて行く場合にだけ適用された。しかし、慰安婦女性たちは、当時いずれも国外に連れ去られたのですから、業者は人身売買法によって逮捕されなければならなかったはずです。「略取」だけでなく「誘拐」も犯罪であったと言う事、当時そうであった事を改めて考える必要があるとおもいます。
3番目に、当時の国際法にも抵触する事が起こっていました。(該当する国際法をすべて取り上げる時間がありませんが)ひとつだけ取り上げますと、“婦人、児童の売買禁止に関する国際条約”(当時日本が加盟)で、満21歳未満の女性を売春等の目的で海外に連れ出す場合は、日本政府はこれを処罰しなければならないと言う義務を持っていました。未成年者は、本人の同意があっても駄目でした。実際には、14歳や17歳など21歳未満の少女達が、「誘拐・甘言」によって連れ出されて行ったのです。(文責・時事研)
(続く―この講演記録は3回にわたって連載します )
<関連サイト>
○ 民衆闘争報道/ 「日本軍従軍慰安婦の人権を踏みにじり、日本軍国主義と侵略戦争を正当化する、橋下大阪市長を糾弾する」(2012年10月26日)
○ 世界を見る−世界の新聞から/日本極右派、米国新聞に「慰安婦」侮辱広告(韓国ハンギョレ 2012年11月9日)
○361「慰安婦」問題の研究に終わりはない(韓国・統一ニュース 2012年10月16日付)
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